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| 小泉チルドレン | 2005年9月衆議院解散選挙で自民党が圧勝。このときの初当選者は83人。小泉首相の力で当選できたと感じている新人も多く、小泉首相に忠実な姿勢を見せている。広い意味では小泉首相に忠実な若手議員全体や、単に小泉信奉者もさすが 、この人達を指す場合が多い。派閥に属さない指導をしている小泉首相が彼らを指導することにより、小泉体勢がより強固になるという可能性が高い。 |
| 小泉学校 | 2005年9月衆議院解散選挙で誕生した83人の新人議員(小泉チルドレン)を対象に「新人議員研修会」を小泉首相の発案で行った。これがいわゆる「小泉学校」である。党執行部が新人議員に議員の心構えを伝授する。更に無派閥の新人議員には小泉首相との懇談会も行う。脱派閥の動きが加速に向かうとされている。 |
| 干からびたチーズ (ミモレット) |
2005年8月6日、森前首相が衆議院解散回避の説得のため、首相官邸で小泉首相と会談をした。そのときに出されたものが缶ビールとミモレットと呼ばれるチーズ。森前首相は干からびたチーズと缶ビールしか出なかったと怒りのコメントを記者の前でした。実はこのミモレットというチーズはフランスの高級チーズであったことが判明。森氏が缶ビールを握りつぶしたことは、郵政民営化反対派への警鐘で、首相が衆議院の解散を本気で考えていることを伝えるため、「変人以上だな」と印象を記者に言ったのも演出であったことが判明。 |
| かりゆしウェア | 政府が2005年6月1日から(クール ビズ)としてノーネクタイ、ノー上着の軽装運動が小泉首相の音頭で始まった。小泉首相は沖縄のかりゆしウェアで公務をこなした。1970年頃から沖縄シャツとして売り出された。知名度があがったのは2000年の沖縄サミットで各国首脳が着用してから。かりゆしとは「めでたい」という意味。軽装化は大きくは地球温暖化問題の取り組みの1つで、夏の冷房による省エネルギーに役立てようと始まった。(過去にも省エネファッションの取り組みはあったが、なかなか定着しなかった。)民間企業もノーネクタイ、ノー上着を推進しはじめている。 |
| 鶴の一声 | 紛糾していた議論が、権力者や有力者の一声で結論をみることのたとえ。多くの小鳥のさえずりよりも、鶴の一声の方がよく響(ひび)くことから。 2005年・愛・地球博(愛知万博)が開催されましたが、食中毒防止を理由に弁当の持ち込みが禁止されていました。開催後の入場者から不満が多くでていました。万博名誉会長の小泉首相が経済産業省に再検討を指示。鶴の一声で手作り弁当に限って認められるようになった。 |
| 人生いろいろ |
民主党の岡田代表が衆院決算行政監視委員会で、代表就任後初めて小泉首相と直接対決した時の首相の反論の中で出た言葉。年金問題で、首相が1969年の衆院選で落選後、厚生年金に一時加入していた当時の会社勤務の実態を追及し、謝るようにと発言すると首相は勤務のスタイルに対しては企業の方針があるという意味で「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろだ。『うちにいてもいいよ』『海外旅行をしてもいい』という会社もあり、これも社員だ」などとはぐらかした。 |
| 始球式 | 3月末に東京ドームで行われる米大リーグの開幕戦で、小泉純一郎首相が始球式を務めることが主催者から発表されました。現職の首相が始球式を行うのは2003年夏の全国高校野球選手権大会以来。 野球は大好きな小泉首相。3月30日のデビルレイズ−ヤンキース戦で、ルドルフ・ジュリアーニ前ニューヨーク市長と2人で行います。スタンドから選手に投げる「大リーグ式」ではなく、マウンドから捕手に投げる「日本式」で行われます。この日本式の始球式はメジャーリーグでも最近取り入れられてきているそうです。セレモニーとして盛り上がるというのがその理由のようです。(2004.2.23) |
| 「千日回峰行というのがある。毎日きつい仕事だが、荒行のつもりで頑張らなければならない」 | 小泉首相の首相在任日数がH16年1月20日で1000日に達した時に記者に応えた言葉。(戦後6人目。) 千日回峰行・・・比叡山・天台宗に伝わる荒行。比叡山の山中などを1日に数十キロ踏破し、7年間で延べ4万キロを歩くと言われる。 (現在行われている千日回峰行の形態) 第1年目 100日を歩く( 1〜100日) 山上山下の行程(1日約30km歩く) 第2年目 100日を歩く(101〜200日)山上山下の行程(1日約30km歩く) 第3年目 100日を歩く(201〜300日)山上山下の行程(1日約30km歩く) 第4年目 200日を歩く(301〜500日)山上山下の行程(1日約30km歩く) 第5年目 200日を歩く(501〜700日)山上山下の行程(1日約30km歩く) *700日を満じた後は直ちに「堂入り」、無動寺護摩堂 にて九日間断食、断水、断眠し、念誦修法に専念。 第6年目 100日を歩く(701〜800日) 赤山苦行100日(1日約60km歩く) 第7年目 801日〜900日目までは 京都大廻り (1日約84km歩く) 901日〜1000日まで 山上山下の行程(1日約30km歩く) 最後の100日は75日をもって満行とすること が古例となっている。 |
| 毒まんじゅう (毒饅頭) |
(小泉総理の言葉ではないですが)H15年9月の自民党総裁選で小泉支持に寝返った村岡兼造氏(72)らを批判して、野中広務元幹事長(78)が言った言葉「毒まんじゅう、食ったんか」。 毒まんじゅうは、閣僚ポストなどの密約を指す政界の隠語。2003年新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた言葉。 |
| 「人間の素晴らしさは、自分のことを悲観的に思わないことです。」 | 第157回国会で小泉総理が所信表明演説を行った際、締めくくりに当たり小泉総理は、「「人間の素晴らしさは、自分のことを悲観的に思わないことです。」これは、司馬遼太郎氏が、子供たちに贈った言葉です。悲観論からは新しい挑戦は生まれません。構造改革の種をまき、ようやく芽が出てきた今こそ、日本の潜在力と可能性を信じて改革を進め、明るい未来を築こうではありませんか。」と国民と議員に向けて呼びかけました。 |
| 三位一体の改革 | 本来はキリスト教の奥義の一つで、神には、父・子・聖霊という異なった三つの位格(persona)があるが、神は実体(substantia)としては同一であるという考えである。 「官から民へ」、「国から地方へ」というのが小泉内閣の構造改革の基本方針です。「地方にできることは地方に委ねる。」という考え方で、「三位一体」で国と地方の改革を進めています。 第一は補助金の削減。都道府県や市町村の仕事に国が補助金を出していますが、これからは地方が自分の責任で仕事を決められるよう、補助金を削減し、地方に任せるようにします。 第二は地方交付税の見直し。教育や治安、ごみ収集など、地方がやらなければいけない仕事が数多くあるのに、税収が少なくて必要な財源が不足する自治体に対して、国から地方交付税という形で地方に財源を配分する仕組みがあります。ところが、現在、約3300ある都道府県・市町村のうち、交付税を受けとっていない自治体は100しかありません。これでは自治体がみんな交付税に頼るようになってしまいます。このような依存体質をあらためるために、交付税を見直していかなければなりません。 第三に、補助金は減るのに仕事は地方がやるのですから、地方に自主的な財源が必要です。このために、国税の一部を地方税へ移します。 この三つは、どれもみんなむずかしくて、一つひとつ難しいのなら、三ついっぺんに改革しよう、というのが「三位一体」の改革。 |
| ぶら下がり | 首相が官邸でインタビューに答えていますね。以前の総理大臣は番記者に囲まれ、歩きながら答えていたようですが、小泉首相は立ち止まってゆっくり話したほうがよいのではないかと始めた形がいわゆる『ぶら下がり』と言います。総理を中心に沢山の記者の集まっている様子が、まるで総理にぶら下がっているように見えることからこの名前がついたようです。歩きながらついでのように答えるのでなく、はっきりと考えを国民に示すため小泉首相がはじめました。 |
| ♪がんばらなくちゃ〜がんばらなくちゃ | 小泉首相の口から記者の前で歌った曲。今の気持ちを歌ってみた首相。この曲は子供番組『ママと遊ぼうピンポンパン』の『ピンポンパン体操』の曲でした。思い出した方も多いはず。長いので1番だけ紹介します。阿久悠作詞・小林亜星作曲の大物の作品だったのです。では皆さんご一緒に! ズンズンズンズンズンズンズンズン ピンポンパポン ズンズンズンズンズンズンズンズン ピンポンパポン トラのプロレスラーは シマシマパンツ はいてもはいても すぐとれる がんばらなくっちゃ がんばらなくっちゃ がんばらなくっちゃ から手をビシビシ パンツをするする から手をビシビシ パンツをするする かてかてトラの プロレスラー ★小泉首相はこの歌をH16年、7月の参議院選挙期間中にも歌いました |
| 昭和天皇和歌引用 | 施政方針演説で、昭和天皇が終戦直後の歌会始で詠まれた和歌を引用した。難局に立ち向かうことを強調するため引用した。天皇の政治利用に当たる疑いがあるとか、世界へ戦前の反省がないと誤解されるとかいった批判が野党を中心に出ている。さて気になるこの演説で引用された昭和天皇の和歌とその意味とはなにかを見てみましょう。 昭和天皇が歌われた和歌 『ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松そをゝしき人もかくあれ』 (降り積もる雪に耐えて青々と成長する松のように、人もこのように力強くありたい) |
| 2001年、年間流行語大賞 | 米百俵/聖域なき改革/恐れず怯まず捉われず/骨太の方針/ワイドショー内閣/改革の「痛み」 |
| 米百俵 | 1870(明治3)年、明治維新で新政府側につかなかった長岡藩(現在の新潟県長岡市)は禄高(ろくだか)を7万4000石から2万4000石に減らされ、財政が窮乏した。支藩の三根山藩(同県巻町)から支援米100俵が届いたが大参事(旧家老)・小林虎三郎は藩士には分けず、「百俵の米が千俵にも万俵にもなる」と、支援米を元手に人材養成のための国漢学校(現長岡高校)を設立。その後、同校は元帥の山本五十六、東大学長の小野塚喜平次らを輩出する。 |
| ショー・ザ・フラッグ | アーミテージ米国務副長官が柳井俊二駐米大使に言ったとされる「ショー・ザ・フラッグ(旗を見せろ)」と語ったことについて、『姿を見せて』とか『旗幟(きし)を鮮明にせよ』という意味。具体的に自衛隊の派遣まで求めた事を直接指していたようではないようです。 余談ですが大橋巨泉議員の質問答弁の際の言葉で、小泉首相は「ショー・ザ・フロッグ(カエル)…いや、カエルじゃなくて旗」と言い間違い、議場は大爆笑。「“ショー・ザ・フラッグ”と言われなくても日本ができることを考えていた」とかわしたということです。 |
| 骨太の方針 | 今後の経済財政運営及び、経済社会の構造改革に関する基本方針概要で骨太の方針を打ち出しました。骨太の問題を集約して予算編成をリードしてほしい」と主張した宮沢喜一前財務相の発案とされる。ところが、小泉政権発足で意味合いは大きく変質し、「聖域なき構造改革」を推進するための施策として位置付けられるようになった。 |
| おそれず、ひるまず、とらわれず | 上記の今後の経済財政運営及び、経済社会の構造改革に関する基本方針概要で盛り込まれた内容で、不良債権問題などへの取り組み姿勢を意味しています |
| 小泉ブルー | 日米首脳会談の際に着た米国製の青いボタンダウンシャツ(ラルフローレン)が人気を呼び、こう呼ばれるようになった。当時これを扱う店では品切れが続出。横木ジョージもステージ衣装のための購入時には苦労したらしい。このページもブルーなのは偶然か(なわけない) |
| ワイドショー内閣 | テレビのワイドショーで総理や田中外務大臣等の言動が多くが取り上げられ、政治に無関心な人々がテレビのワイドショーで”政治を観る”現象などを批判して呼ばれた言葉。野党や、テレビに人気をさらわれた新聞社にとっては批判するのに遣いたい言葉だが、一方で、小泉内閣の評価を上げる結果となったという意見もある。 小泉首相、田中外務大臣、塩爺こと塩川財務相の発言の分かりやすさや、面白さが受けてワイドショーに多くの話題を提供して、結果として多くの国民が政治に関心を持ち、まさにワイドショーの感覚でその推移を眺めるといったことで、更に小泉人気があがったとも。 |
| 三方一両損 | 医療制度の見直しで遣われた言葉。患者・医療機関・保険者にそれぞれ痛みを求めた。 本来この言葉は大岡越前守が裁きの際に遣った言葉とされている。 (話)左官屋さんが、書き付けと印形と3両入った財布を拾う。それが大工の物だったので、大工のところへ届けに行った。大工は書き付けと印形はもらうが落としたお金はもう自分の物ではないと受け取らなかった。家に帰った左官は自分の大家に話すと、大家は大岡越前守に訴え出た。大岡越前はがんとして受け取らない両名に一両出して「二両ずつを両人に褒美としてつかわす。2人とも三両懐に入るところを二両となったのだから一両の損。奉行も一両出したのだから一両の損。これ呼んで三方一両損なり」で無事解決した。 ここまでは本当の話だと思うが、続きの落ちがあって、この後、越前守のはからいで膳が出る。両人喜んで食べようとすると、奉行「いかに 空腹だからと言って あまりたんと食するなよ」と諭すと 「へぇい、多かぁ(大岡)食わねぇ」 「たった えちぜん(一膳)」 落語になっているようです。 |
| 聖域なき改革 | 簡単にいうと、例外のない改革とでもいおうか、特殊法人・公益法人・公務員制度など侵してはならないとされていた部分に例外なく改革をすすめていこうというもの=構造改革。 採算の合わない国の機関や、予算つぎ込みが形式化されているもの、特別な者だけが守られている機関や、制度など、全てが対象になる。 これは、単に国民感情だけでなく、根本には国の破綻になりかねない累積赤字をいまのうちに抑えることにも結びつく。小泉首相の言葉は関連性があって、これを遂行するためには「痛み」を伴ってしまうのを国民に理解を求めている。 補足すれば消費者ローンで借金の利子返済を返すために他から借金している状態が今の国。支出を抑え、無駄(これが聖域とされてきたところに多い)を省き、自立できる状態までまず持っていこうということ。そのためにこのスローガンが掲げられ、小泉内閣の根幹に相当する言葉。 |